<Kananglish(カナングリッシュ)と教養人のススメ>

<Kananglish(カナングリッシュ)と教養人のススメ>
(アゴラ投稿の原稿です)

日本人の英語論は、学術レベルに達していない「でたらめ論」が結構多いなあ、と思ったりします。そこで、私を例に挙げて、英語とどう日本人が向き合うべきか、現状はどうなのか、と言う事を分析してみます。

私、帰国子女ではありません。北海道の田舎の高校を卒業し、実力で東京大学に進学して、自力でビジネスを立ち上げて現在に至っております(18年近く自営及び会社経営です)。その間、アメリカに一週間ビジネスで滞在(ホームスクールの見学等です)、オーストラリアに一週間ビジネスや勉強会で滞在(XBRLのカンファレンスに参加しました)と言う二つだけの経験。なので、「環境」と言う側面からすれば、他の方とそれ程変わらないかなと思います。親も外人じゃないですし(^^;。

ただ、高校生の頃は英語に励んでいました。実際、世界史を知らなければ国際人にはなれないだろう、みたいな事を考えていたので、ペンギンブックスのWORLD HISTORYの類は英語で読んでいたりしましたし、Feynman Physicsや化学の教科書の英語の類は高校の時から読んでたりします。「聞く耳」を敢えて鍛えた記憶は無いです。まあ、強いてあげれば、大学生の頃に、東京大学の教養学部の英語の授業で、「Family Ties」と言うコメディ(ちょっと昔のアメリカンコメディを知っている方であれば、「アーノルド坊やは人気者」辺りはご存知かもしれないですね(笑)。あれをもう少しアメリカらしくした感じです:マイケルJフォックス主演)の存在を知って、近所のビデオレンタルショップでシリーズを借りて、事あるごとに眺めていたというのを挙げる事が出来るでしょうか。まあ、とは言っても、英会話を学んだ、と言う様なことは皆無です。”NOVAでのばーす”、みたいな<こやじギャグ>も私にはヒットしませんでした(^^;。
其の後、外人さん(日本歴20年以上と言う様なベテランさん)と仕事をしたこともあるので若干使う場面はありましたが、殆ど日本語でしたし、必要とするほどでもなかったです、会話。

まあ、そんなこんなで挑んだ「東南アジア」でした。フィリピンに最初に行きました。(2014年9月)
フィリピンでは、英語で困った事は数えるくらいしかありません。タクシードライバーはどこの国もそうですが、教養や学が無いですね。その他で、日本語を使ったためしも有りません。セブ島で1回フィリピノと付き合うふりしてた女性と一緒になったので、英語と日本語交えて会話した位。病院にも歯医者にも行きましたが、iPad AIRで2・3個翻訳をかけた程度。睡眠薬系の商品名を覚えていたので、ウィキペディアで調べて薬品名にして、と言う事もしたかなと。本当に困らなかったです。逆に、フィリピノさんにも教養無い方いますので(ISISもエボラ出血熱も知らないトンデモナイ女性が居たのには唖然としたよ・・・orz)、そういう場合は私の英語力の問題とは言えなかったのだと思います。
其の後、シンガポール3日、ベトナムに2週間行っています。シンガポールは「全く」困りませんでした。ベトナム大使館やベトジェット航空の人間との会話で若干苦労した位(^^;。ベトナムは、暫く迷走しました。ベトナムに行ってから、iPadの重要性を猶更強調するようになりましたかね。「2020年までに日本人の英語力を高める!」と言う類の<妄想>を抱く位であれば、自由民主党さんや東京都さんにおかれましては、成田空港で無償のandroidタブレットを「一時的にレンタル」して、タクシー運転手等のIT技術力を高めさせることの方をお勧めしますかね。グーグルマップの読み方とかね? ベトナムは、英語をつかえる人と使えない人の差がかなりあります。そして、英語を知らない人は「無視し始める」ですかね。あと、東南アジアでは総じて地図が使えません。地図の読めない、会話も出来ない、東南アジア・・・覚えておいて損はないです ^^;
そして、タイ王国です(バンコク)。2か月居て感じるのは、「バンコクっ子は英語あまり知らんよなあ」と言う事でしょうか(笑)。かなり単純(日本では中学1・2年レベルとかです)な単語を何度言っても理解できない事もあったので、平均値で言うと相当低いのだと思います。ただ、出来る方は相当出来るのもまた事実なので、標準偏差は高い(笑)。まあ、そして、英語を知らない方は、そのことを認めたうえで、「周りに質問をしに行く(英語を知ってる人を連れてくる)」と言う丁寧さがあります。ここは、英語力の問題よりも国民性や人柄の問題。

5か月間、対面での日本語を極端に避けてきたこともあるので、英語力は高まった事も確かにあるのでしょうが、それ以前に、英語力はあったのだろうなと思います。多分、私の特徴として、「書き言葉を重視していた」事が挙げられるのでしょう。アパッチ財団(The Apache Software Foundation)のコミッタ等もやっていて、積極的に無償の翻訳作業をしたばかりか、毎日十通以上も英語メール書いたりしていましたので。しかも一つ一つがとても長い。ネイティブさんとリアルタイムチャットをやっても、2倍くらいは早いかもしれないです。英語脳が育まれていれば、些細な「話し言葉」に於ける「ラグ」はすぐ吸収できるのだと思いました。
あとは、「カタカナ英語」(カナングリッシュw)を覚えまくっていた事が挙げられるのですよね。私、イミダスや現代用語の基礎知識の一番後ろに有る「カタカナ英語」を覚えるの好きでしたもの。ですので、専門用語はかなり覚えていたりするのです。業界に関わらず知っている知識が多いのもそのため。学問横断も容易。

まあ、「日本の事を英語で言えた方が良い」みたいな事は良く言われるのだと思います。しかし、私から言わせれば、そんな必要もないし、そんな場面に遭遇する事もありません。寧ろ、大事なのは、カタカナ英語であっても「言葉を大事にする事」と、「教養を高める事」、に尽きるのだと思います。
例えば、「コモロ出身のフランス育ちです」と自己紹介されたら、「モロニですか?」と聞き返すと喜ばれるでしょう。「大学生?何専攻してるの?」と聞き、「物理学です」と答えられたら、「Super String Theory位はかじったことある?」と再質問、とかね。マーケティングの仕事をしてる、と言われれば、「コトラーは読んだの?」とかさ。話のネタなんてのはどこにも転がっているし、私から言わせれば本当に会話のネタ探しなんぞは簡単。そう言えば、コンドミニアム(バンコク)のプールでロシア語らしい会話をしているのを聞いて、「Excuse me, Are you Russian?」「Yes」「Как Вас зовут?(カークヴァースザヴート?)」「(かなり吃驚した表情で)ナターシャ」「スパシーバ、メニャザヴートテツヤ」みたいな会話を平気でしましたが、そういうのも良いのでしょう。

日本人の英語レベルですが、私は悪いとはそれ程思いません。「(脳内)変換に時間がかかる人」が多いだけ。実力を出し切れていないだけなのではないかな?タイ人と会話していて、「カタカナ英語がある国とそういう類がない国とはこう違うんだな」と言う様なことを悟りました。日本人の「平均」は決して悪くないのだと思います。徴兵制度が無い国なのだし、お隣の国が頑張って「兵役」している間に、国家の義務で「一年間英語を覚える特訓期間」を国家権力で保証する様な制度を作りさえすれば、瞬く間に英語力アップすると思いますけど。英語合宿。アフリカのへき地でのNGO/ODA活動の一環で(笑)。あとは、世界史と専門(どういう専門であれ)を学ぶことは大事かな。日本史を学ぶ暇があるならイスラム史を学んだ方が良いです、「例えば」。

これは強調しても良いかもしれませんが。。。「NOと言えない日本人」とかそういう事は考える必要もないです。解らんかったらNOではなく「NOT SURE」(わからん)でいいと思います。また、「I AM SORRY と 言ったら負け」とか、アホな事考える必要もないです。外国人は外国人だしノンネイティブはノンネイティブです。どう逆立ちしても、英語のネイティブにはなれませんので・・・・ネイティブさんはわかるのだし。

最後に。ベトナムにいた時(Halong Bay Tour)、昼食時、「魚料理」が出て来ました。我々のグループには、韓国人、フランス人、オーストラリア人(カップル)、等が居ました。「東アジアの箸文化」を積極的に活用し、出てきた魚料理を箸で綺麗に捌き、皆さんにもてなしてあげました。私たちのグループの皆さんは完食、隣のグループは全く食べていませんでした。まあ、こういう事も多々あるので、積極的に自分のやれることをやって、<お。も。て。な。し>をしてあげてみて下さい。そして、上でお話ししたような「教養」を活用して、30分以上、会話の中心となって「I AM ミスタージャパニーズYEN!」と強調しておきました ^^; — お道化(諧謔)と教養と英語のハイブリッドなコンプレックスで、貴方も是非是非、国際人に!! ^^;

<選択納税制度の導入と、先行納税制度の検討を!>

<選択納税制度の導入と、先行納税制度の検討を!>

(アゴラ投稿の推敲中)

納税制度に関するアイディアを軽くご紹介いたします。

一つは、「選択納税制度」。もう一つは「先行納税制度」(アドバンスドタックス)。
前者は、他の国に既にあるかもしれないですね。2000年近辺に私は提案を始めていて、実はこのキーワードでずっと「グーグル検索一位」でした。民主党(当時)の税制調査会にも意見を出しており、これらは現在の「ふるさと納税」に繋がる議論に発展したものと思います。
(以下、民主党税制調査会からのメールを引用)

もう一つの「先行納税制度」は、かなりのオリジナルかもしれません。「先物税制」と言えばいいですかね?(笑) まあ、金融工学では、リスクヘッジの為に固定金利と変動金利のスワップをしたりします。将来的な税金額(特に、資産税)が不明瞭である為に生じている<不安>を回避する為に、将来自分が無くなった時に払うべきタックスを固定化(FIX Rate)し、生きている間に支払いを始めるという発想。アドバンスドタックスを選ぶことで若干のメリットを与える事が出来るのであれば、金融工学的な「国家のリスクヘッジ」が可能となるのではないでしょうか。

(もう少し推敲します)

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From: “民主党税制調査会”
Subject: RE: 選択納税制度の導入の検討を
Date: Wed, 13 Jun 2001 15:00:19 +0900

北畠様
メールにてご意見をお送り下さり、ありがとうございました。返信が遅くなりましたことをお詫び申し上げます。
ご提案の選択納税制度ですが、大変ユニークな制度であると思います。以前、地方税財源問題を党内で議論した際に、住民税の一部を選択式にして、自分の指定する地方公共団体に納税できる方式にしてはどうかという議論がありました。過疎化に苦しむ地方団体は、子どもたちが成人するまでの費用の一部を行政経費として負担しながら、皆都会にでて行ってしまうというのが議論の発端でした。
北畠さんのご提案は、さらに教育や医療などの使途を納税者が特定して納付できるというものであると理解いたしました。おそらく、課税ベースや税率・税額を法定できないので、国に対する寄付金のようなものとも考えられますが、納税についての国民の自発性・権利性を重視するという考え方は共感できるものです。今後の政策立案の参考とさせていただきたいと思います。

今後ともよろしくお願い申し上げます。

民主党政策調査会 税制担当

Sent: Monday, June 04, 2001 3:34 PM
To: tax@dpj.or.jp
Subject: 選択納税制度の導入の検討を

”税金”・・・この言葉を聞いて、拒否反応を起こす人は、世界中に如何に多いことでしょう。

巷では、盛んに、税理士さんが「節税のための・・」講演をしていますし、いくら何万人・何十万人の従業員を抱える法人であっても、税金を減らすための努力は欠かすことができない要件になっています。

しかし、税金がなければ、日本国は成り立ちません。国の根幹を為す仕組みを支えていくために、お金は必ず必要なのです。そのお金のうちの大部分は、(個人の)所得税であり、(法人の)法人税であるわけです。
ー日本国憲法第30条-
「国民は、法律の定めるところにより納税の義務を負ふ」

日本国民の義務には、一応3つあるとされています。一つは、教育の義務、一つは勤労の義務、もう一つは、納税の義務、です。
納税の義務、以外の「義務」は、一般庶民的な考えからすると、<義務>としての束縛を個々人が感じることはありません。”自分の子供に対する教育の権利を保障する「義務」”を理解していない親は多いですし、仕事しなくても親の元に寄生虫の如く寄って生きていく”パラサイトシングル”なる人種も存在します。
しかし、こと「納税の義務」に関しては、一般庶民の拒絶感は非常に大きい・・・

これは、何故なのでしょう?・・・教育の義務や勤労の義務は、常に、「権利」と表裏一体の関係にあるものと認識しやすいものであることがあるのでしょう。
教育の義務は、「(例えば自分の子供の)教育の権利を確保するために、親として必要な義務」であると言えます。勤労の義務については、「社会の一員として貢献をする義務を持つ代わりに、自分がその対価たる報酬を得ることができる権利を有するもの」であります。
しかし・・・事、納税の義務については、自分の権利(や周りの権利)と表裏一体の関係にある事が中々理解できない・・・そういう根本的な宿命を持っている”義務”なのではないでしょうか。
(本当は、市政や区政に生かされているのですが・・・見えづらいのですよね)

そこで…. 義務を義務と思わせないためにも・・・

「選択納税制度」を提案いたします。

小生が提案する、選択納税制度、は、以下の通りです。

・確定申告等で確定される税金は、当然のごとく払う義務を有する

・確定申告等で確定された以外の「新たな税金」として、(余裕がある場合に)オプションの税金を一緒 にはらうことが出来る制度を確保する。オプションというのは、「私は教育に対してもっと税金を払う余裕がある」「私は、地方自治体(ふるさと)の財政の悪化を懸念しているので、地方自治体への交付金に使ってほしい 」などの場合にのみ使うことが出来る。(これは、義務というよりも、財政、政治に対しての「権利」と しての位置付けともなりうる)

・(オプション)できれば、「選択肢」については、国民で投票し選べるものとする。(どれを選択肢にするか、ということ。例えば、「教育」「地方財政(ふるさと)」という選択肢の作り方もあれば、「義務教育」「生涯教育」「医療」という選択肢の作り方もありますが、その「選択肢」自体を国民が作ることができるよ うにする、ということです)

この制度を導入することによるメリットは、以下のとおり。

・選択納税制度は、最初は「お金持ち」しか使わないものであるかもしれない。しかしながら、少なくとも真剣に「日本国のことを考えている」と言える人間にとっては、自己の主張を全うする”良き機会”となりうる。

・国家の財政が少なくとも5%以上は潤うことが予想される。

・国家に対して真剣に考えている人間が、どういう「カテゴリ」に対して興味関心を持ち、どのように予 算を配分してほしいのか、ということが手に取るようにわかる(公表される)。つまり、今までは、選挙権によってのみ「自分がどういう政治参加ができるか」という権利を行使することができなかったが、国政の腐敗を見てわかる通りに現状の政治に任せることは事実上不可能となった今、「納税を通して、何を今してほしいのか」を訴える機会を有することが可能となる。

・国の借金は減る!(笑)

 もともとのアイディアのきっかけは、「権利」と「義務」は表裏一体の関係性を有するものであるのに、こと納税に至っては、どうして「義務」ばかりが先行してしまうのかな、と考えたことです。人は、「取られるもの」に対しては、一歩間を取ったスタンスを持ってしまうもの。全く逆転の発想で、「政治参加できる機会」としての納税(確定申告)と考えられるようにしてはどうか!というのが、根底にある発想です。

(本当は、もっと、素人的な発想で。。。現在余りにも”評論家”的な人間が多い・・すぐ、国民の税金がどう使われてるか、と言うことを口走る評論家が多い。。。。彼らに、「そんなことを言うくらいなら、もちょっと税金払え~!」と思うわけで・・(笑))

 この制度自体は、私のオリジナルのアイディアですが、官公庁に行った東大OBの友人達にはおおむね好評だったので、小泉内閣にその審議をしていただきたい、と思うに至りました。

 (また、重要なポイントですが)現行の憲法に全く抵触することなく、この制度は導入することが可能です。電子政府や電子納税などが可能となれば、面白い展開ができるかもしれませんが、今の「確定申告」のやり方でも、一行か二行の項目を追加するだけで可能でしょう。

現行自民党の小泉政権が、今後どういう政をしていくかは、私達国民一人一人が見守って行かなければならないことだと思っています。

これは、私達国民が持っている「権利」と「義務」のアンビバレンツな関係性において、一番わかりやすい・・・(しかも、国民の義務はそのままに、権利のみを拡張することができる)この制度を、是非、国会に措いて審議していただきたい、と思っているわけであります。

ご検討戴ければ幸いです。

北畠徹也

「ノーベル賞」と「人間トック」

「ノーベル賞」と「人間トック」

(2004年のRIETI・ML議論を加工・編集したものです:アゴラ用投稿の推敲中)

職場で冷遇されながら、意地で研究を続けた青色発光ダイオード(LED)。その発明に成功した中村修二氏(49)に、東京地裁は(2004年1月)30日、対価として604億円を受け取る権利を認め、勤務していた会社が200億円を支払うよう命じた。当時会社がくれた報賞金は2万円。「この判決で、子どもたちがサイエンスに夢を持てるようになる」と笑顔で語った。

http://bit.ly/1780YSY

一般的に、日本では支配構造が全てで、また形而上学的伝統が希薄のためなのか、文系の一般人は、サイエンティストをオタクとしか思っていなかったり、サイエンスそのものに対する関心も、憧憬の念も、稀薄だったりするわけです。日本社会が全体的に「街の俊才」タイプの人間の”扱い方”(マネジメント/コーチング)がヘタクソだ、という事は、実は、社会にとって大きな損失と言えるのではないでしょうか。文系・理系の対立は(学問的系譜からいっても)あまり意味を為さないです。(理系にも、「こつこつ型」(手ごろでがっちり型)もいれば「爆発型」(リスクテーク型)もいる。大体半々)確かに、最高学府の一部である東京大学について考察しても、文一・二タイプと理一・二・文三タイプは大きく違うように思いますが、文系・理系という対立軸はそもそも論では有り得ません。単に、「求めている人材」が多分違うのと、「内部での選択の自由度」に起因しているものと思われます。

また、例えば、法を「作る」と「執行する」では、脳の活性化部位が全く異なるのにそれをちゃんぽんしている所に法学教育の不幸がありますし、<法を「作る」>と<自然科学的に新たな理論を構築する>は同じ脳の活性化部位なのに、理系・文系という下らない分け方(ある種、ひよこの刷り込みに近い…非科学的な分類のシカタ(笑))によって学問領域的に対立が生じているところに閉口せざるをえません。

「サイエンスそのものに対する関心」は、少なくとも子供には大いにあると思います。子供たちはみな(半分くらいは)サイエンスに大きなあこがれを有しています。ただ、「サイエンティストがオタク」と解釈されてしまっている現状というのはどうかなぁ、という気がします。とは言え、例えば「政治オタク」(ウヨサヨ?w)と言う可愛い人達も沢山世の中には居るのかもしれません:-)

社会的成功なるものが、富と名声が全てであると考えられているような社会では、サイエンティストやエンジニアに、富の成功モデルを与えてやることでしか、社会的な敬意やあこがれを喚起することはできないかもしれないと思います。勿論、科学や工学をより深く知っている人は、成功モデルが富のモデルと比例関数でありえない事位はご存知と思いますが・・・数学的・科学的な<美>の追求がサイエンティストにとっての成功に繋がる 🙂 OH, beautiful!

さて。「評価」とか「評判」のメカニズムが日本においては明らかに欧米諸国と異なるにもかかわらず、米国で半分くらいの人間に(のみ)信奉されている「富の成功モデル」とやらの表層だけを削りとって世の知識人とやらが流布したが為に、「社会的な敬意やあこがれ」について言えば「歪んだ意識」が根強いのではないでしょうか。

どの企業でも利益=お金を追求するという最大目的のために存在しているという立場は、若干限定的なように思います。お金はある意味「ヴィジブル」なので「お金を追求」という表現がわかりやすいとは思うのですが、企業/組織は「交換/流通可能なモノの為にある」と言うと、もう少し本質にせまるような気がします。カール・ポランニーやレヴィ・ストロースをやや援用しても良いかもしれません。「生成・消滅・分割・統合・移動・継承可能なエンティティの為にある」(というと、もう少し技法的になりますが、言っている事はほぼ同じだったりするでしょう)この、「交換/流通可能なモノ」の一部に「自己」を予め入れておかないと、理論的にはアノマリを迎えるとは思いますが、自己が大きすぎるとそのもの自体が「破局」を迎える(波動の闇に消える/コンテキストに分解される)でしょう。

正当な対価の問題は、そういう個の論理と、組織の論理という、相反するモチベーションの間から生まれてきているとも考えられます。ですが、極めて難しいのは、「対価の算出」を行うのは究極的に「個」ではなく「集団」(組織・コミュニティ)である、という事です。更に言えば、時系列的に「意味のある」利潤でなければなりません(早い話、タイミングを逸すれば「価値なし」ということがあるわけで)。「意味のある/なし」は、量子力学的に言えば波動の重ね合わせがある「ターム」内に「閾値」に達したか否か(粒子として観測されうるかいなか)、といった要素へ分解することが可能であり、組織をベースとした「リアル・オプションモデル」と、(まだあまり研究されていない)個をベースとした「リアル・オプションモデル」の重ね合わせのように見えます。*個*も、結局は「勝手に好きなことをやる」といったところでの「好きな事」の「選定」についてのリスクを持っているわけですし(人生と言う長いタームでのゲームですネ)、理想的なモデルを構築する事は可能なのではないでしょうか。

個の生み出した果実を、組織が無条件で吸い上げるのは、まさに搾取に他ならないと思いますが、これから先、個に対し社会的に富の成功モデルを与えることは、いろんな意味で重要なんではないかと思います。勿論、「搾取」にならないようにする方法にはいくつかあって、その中には「マインドコントロールを施す」というのもあって(いい言葉で言えば、「企業のモチベーションと個のモチベーションを同一のまな板の上に乗せる」)、結局法学的に言っても「<錯誤>がどのタイミングで錯誤であるか」といったようなテーマと同じ場所に収束するのではないかと思います。ただ、なんにせよ、放って置けば個も組織も「熱力学第二法則」的な死を迎えてしまうわけですが(左脳辺縁系への「収斂」)、「進化論的自己組織化」(右脳大脳皮質的な「開放」)的な「自由度」を与える上でも、「個に対し社会的に富の成功モデルを与えること」は重要ですネ。

一連の「相当の対価」訴訟を通じて技術者たちが獲得したお金で、「組織」に埋没しがちな他の「半数」の理系エンジニア(イノベーティブな)がモチベートされるようなお金の使い道が開拓されるとよいですネ。 極端に例を挙げれば・・・東京大学あたりに寄付して、「銀杏の法衣」でも貰います?:-)
「個」の活性化、に関し、「組織順応嗜好」の「半数」の人間の為にあらず、「街の俊才」タイプの人間の為に強調されてほしいものです(「組織順応/迎合脳嗜好タイプ」の人間/組織はだまっていても【破壊的イノベーション】なんて出来ないのだし。そのくらい、そろそろ「常識」として認知されてもよいでしょうに….)

規制緩和に習って … 各地方自治体は、イノベータ向けに”IT特区”ならぬ
“人間特区”
あたりを設定するとよいかもしれません。(人間トック?:-)

Tetsuya Kitahata(北畠徹也)

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