人間特区(人間トック) – 東京大学

On Sun, 1 Feb 2004 13:36:15 +0900

<u> しかし、日本では支配構造が全てで、また形而上学的伝統が希薄のためなのか、文系の一般人は、サイエンティストをオタクとしか思っていなかったり、サイエンスそのものに対する関心も、あこがれも皆無だったりするわけです。</u>

日本社会が全体的に「街の俊才」タイプの人間の”扱い方”(management/coaching)がヘタクソだ、ということが、根本原因のように思います。文系・理系は(学問的系譜からいっても)あまり関係ないでしょう。(理系にも、「こつこつ型」(手ごろでがっちり型)もいれば「爆発型」(リスクテーク型)もいる。大体半々)確かに、最高学府といわれるらしい東京大学について考察しても、文一・二タイプと理一・二・文三タイプは大きく違うように思いますが、文系・理系という対立軸ではないです。これは、「求めている人材」が多分違うのと、「内部での選択の自由度」に起因しているものと思われます。

また、例えば、法を「作る」と「執行する」では、脳の活性化部位が全く異なるのにそれをちゃんぽんしている所に法学教育の不幸があるし、<法を「作る」>と<自然科学的に新たな理論を構築する>は同じ活性化部位なのに、理系・文系という下らない分け方(ある種、ひよこの刷り込みに近い…非科学的な分類のし方(笑))によって学問領域的に対立が生じているところに閉口せざるをえません。

また、「サイエンスそのものに対する関心」は、大いにあると思いますよ。子供たちはみな(半分くらいは)サイエンスに大きなあこがれを有しています。

「サイエンティストがオタク」というのはどうかなぁ、という気がします。でも、そういえば「政治オタク」とかも沢山世の中には居るかもしれません:-)

<u> 社会的成功なるものが、富と名声が全てであると考えられているような社会では、サイエンティストやエンジニアに、富の成功モデルを与えてやることでしか、社会的な敬意やあこがれを喚起することはできないかもしれないと思います。</u>

「評価」とか「評判」のメカニズムが日本においては明らかに欧米諸国と異なるにもかかわらず、米国で半分くらいの人間に(のみ)信奉されている「富の成功モデル」とやらの表層だけを削りとって世の知識人とやらが流布したが為に、「社会的な敬意やあこがれ」について言えば「歪んだ意識」が根強いのではないでしょうか。

一連の「相当の対価」訴訟を通じて技術者たちが獲得したお金で、「組織」に埋没しがちな他の「半数」の理系エンジニア(イノベーティブ)がモチベートされるようなお金の使い道が開拓されるとよいですネ。#東大あたりに寄付して、銀杏の法衣でももらいます?:-)
「個」の活性化、に関し、「組織順応嗜好」の「半数」の人間の為にあらず、「街の俊才」タイプの人間の為に強調されてほしいものです(「組織順応/迎合脳嗜好タイプ」の人間/組織はだまっていても[破壊的イノベーション]なんて出来ないのだし。そのくらい、そろそろ「常識」として認知されてもよいでしょうに….)
規制緩和に習って … 各地方自治体がイノベータ向けに”IT特区”ならぬ
“人間特区”
あたりを設定するとよいかもしれません。
(人間トック?:-)

———————————————————————

On Wed, 4 Feb 2004 23:24:24 +0900

<u> ところで、一方、業界や組織はいろいろとありますが、どんな企業でも利益=お金を追求するという最大目的のために存在している。</u>

これは、ちょっと限定的なように思います。お金はある意味「ヴィジブル」なので「お金を追求」という表現がわかりやすいとは思うのですが、企業/組織は「交換/流通可能なモノの為にある」と言うと、もう少し本質にせまるような気がします。ポランニーやレヴィをやや援用しても良いかもしれません。#「生成・消滅・分割・統合・移動・継承可能なエンティティの為にある」(というと、もう少し技術的になりますが、言っている事はほぼ同じだったりするでしょう)
この、「交換/流通可能なモノ」の一部に「自己」を予め入れておかないと、理論的にはアノマリを迎えるとは思いますが、自己が大きすぎるとそのもの自体が「破局」を迎える(波動の闇に消える/コンテキストに分解される)でしょう。

<u> 正当な対価の問題は、そういう個の論理と、組織の論理という、相反するモチベーションの間から生まれてきているとも考えられます。</u>

その通りだと思います。ただ、極めて難しいのは、「対価の算出」を行うのは究極的に「個」ではなく「集団」(組織・コミュニティ)である、という事です。更に言えば、時系列的に「意味のある」利潤でなければなりません(早い話、タイミングを逸すれば「価値なし」ということがあるわけで)。「意味のある/なし」は、量子力学的に言えば波動の重ね合わせがある「ターム」内に「閾値」に達したか否か(粒子として観測されうるかいなか)、といった要素へ分解することが可能であり、組織をベースとした「リアル・オプションモデル」と、(まだあまり研究されていない)個をベースとした「リアル・オプションモデル」の重ね合わせのように見えます。*個*も、結局は「勝手に好きなことをやる」といったところでの「好きな事」の「選定」についてのリスクを持っているわけですし(人生と言う長いタームでのゲームですネ)、理想的なモデルを構築する事は可能なのではないでしょうか。

> 個の生み出した果実を、組織が無条件で吸い上げるのは、まさに搾取に他なら
> ないと思いますが、これから先、個に対し社会的に富の成功モデルを与えるこ
> とは、いろんな意味で重要なんではないかと思いますね。

そうですネ。まあ、「搾取」にならないようにする方法にはいくつかあって、その中には「マインドコントロールを施す」というのもあって(いい言葉で言えば、「企業のモチベーションと個のモチベーションを同一のまな板の上に乗せる」)、結局法学的に言っても「<錯誤>がどのタイミングで錯誤であるか」といったようなテーマと同じ場所に収束するのではないかと思います。
ただ、なんにせよ、放って置けば個も組織も「熱力学第二法則」的な死を迎えてしまうわけですが(左脳辺縁系への「収斂」)、「進化論的自己組織化」(右脳大脳皮質的な「開放」)的な「自由度」を与える上でも、「個に対し社会的に富の成功モデルを与えること」は重要ですネ。

私はつい「management/coaching」と書いてしまいましたが、経営学的なマネジメントよりは「芸能人のマネージャ」的な(しかも、若干以前の芸能人。最近の、ではない)、「類稀なる街の俊才を”面倒見る”事」(能力を引き出す事)を想起しておりました。

<u> P.S.
ちなみに最高学府とは、大学の意味ですね。テレビ見てても、東大のことだと思ってるアナウンサーがよくいますが。。</u>

🙂 … はは、確かに仰る通りです。自分の卒業した大学をまともに呼べないとは私も情けない….(究極の学歴詐称?:-)
#最近になって、東京大学物語と言う「Manga」を一通り漸く見る事が出来た事にも起因するでしょう….

— Tetsuya Kitahata

https://tetsuya.in/

@Tetsuya_K

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中