Pro Patent era has come

特許紛争や知的財産権紛争が最近特に紙面を賑わせています。所謂法学用語で「プロ・パテント」「アンチ・パテント」という言葉があります。前者は、知的財産権を推進していくMovement、後者はその逆。行き過ぎた知的財産権法の過大解釈や、その逆(オープン化しすぎ)をけん制するための狙いがあるものと考えられます。
この「プロ・パテント」「アンチ・パテント」は、揺り戻し、的にやってきます。私が観測している中では、大体周期は12年です。今年は何となくオープンからクローズド、アンチからプロの移行の年かもな、と若干思っていたりします。
著作権法や商標法も例外ではありません。SOPAが出てきた理由は、プロ・パテントに社会が近づいていった証拠でもあります。こういうときに、是非グーグル社には頑張ってほしいものだと思います。・・・・でも、時流には逆らえないことも事実としてあるので、相当の覚悟が必要でしょう。
私は、まあ色んな意味で勘違いされて、オープンソースのアンチと思われているようですが、Apacheに寄付したお金(金額)は君たちには負けません。私は、行動を起こすことでほかの人のモチベートをあげる事しか考えません。良識があれば、Perl商標なんて取れるはずがない(取れたらそれは特許庁に問題がある)事くらいすぐわかるでしょ?# とれてしまったんだけどさ。w
例えば、フリーライダーである今の若者世代にとっては、情報は「ただ」だと思われがちなのでしょうが(タチが悪い事に、その後の購買をしない)、私くらいの年代だと、少なくとも「まがいもの」を見せてもらった後は「本物が欲しい!」と思って購買行動に出るものです。だから、著作権侵害は「ステルスマーケティングなので黙認」した方が企業行動として理に適っている、というのが私の根本的な思想です。法律でがんじがらめに行動を制限されるよりはステマしてくれたほうが(バズしてくれたほうが)利益に結び付く、という社会が望ましいのは言うまでもないことだろうというのが、行動規範です。実際、<<私は>>、ただでインターネットで見たものを結構多く後で「本物(オリジナル)の購入」しています。これが、社会的にあるべき姿ではないでしょうか。
ともあれ、時代は徐々にプロパテントに流れています。ラストリゾート(最後の砦)として、是非Googleには頑張ってもらいたいものだと思いますし、それはきっと可能な事だと思います。
最後に。知的財産権を振りかざす連中は、第三者的に見れば「断末魔の叫び」をしているようなものです。社会的な敗北者です。「私は社会的に敗北者なので知財を振りかざすことでしか飯をくっていけません」と、自ら宣言しているようなものです。これほど見苦しい事はありません。Yahoo!さん、Twitterさん、気をつけてください。w

Apache Way

_*The Apache Way*_ (Opensouce with Bureaucracy and Meritocracy)

 

Apache Software Foundation について若干考察してみたいと思う。私は、5000USDの寄付をはじめ、個人的には色々な活動をしていて、Apacheとのつながりは深い(深かった)。それに、今でも、Apache News Onlineというニュースを流してたりするし(ユーザの視点に立った行動だし、そもそも、Apacheにマーケティングのセンスが必要だとずっと訴えていたのは何を隠そう私だ)、その前はプロジェクト横断的な「Apache Newsletter」というのを発行していた。
勘違い野郎は、「Tetsuyaは問題を沢山起こしたために除外された」と言っているが、実際の正しい理由は知らないだろう。少なくとも、「フェイスブック」とか「スカイプの公開討論」とか、そういったキーワードが入っていない情報は全部嘘である。これに関して言えば、Apache自体がかなりの情報操作をしている。あまりにひどい情報操作(毎月ボードメンバーから出てくる「まとめ」集)だったため、抗議を起こす気にもなれなかった。それを鵜呑みにしてさも「これが真実」と主張する日本の愚民は本当に<愚か>だ。Apache より Tetsuya のほうがアドバンテージがあると言う事を考えた事は無いのか。
Apache は、ある意味成功したプロジェクト(群)だったと思う。彼らのモチベーションは、Apache way(Meritocracy)と呼ばれる行動規範によるものだ。私が最初此の言葉にぶち当たった時、どういう意味か分からなかったので、Google Translateに尋ねてみた。「実力主義」の他に「官僚主義」という言葉がヒットした。官僚が幅を利かせている日本という社会に住んでいる自分にとって、大変興味深いテーマだと思った。何故って、それは、「実力主義が何故官僚主義と同じ言葉で括られてしまうのか」ということだ。面白いテーマだと思わないか?
Meritocracy は、Merit(+1)を積み重ねていく事、という事だ。だから、Plus One(Google+)とも親和性が高い。しかし、モチベーションはをどう確保するかと言う事を考えれば、オープンソースは一般的に利益追求ではない為、「利益ではない何か」を追求するものでなければ存続しえない。それが「プライド」であり「誇り」だ。なんとなく見えてこないだろうか、公僕たる公務員(=>官僚)が、世の中を支配しようとしたくなる理由が。低い賃金でも保てるプライド・誇りとは、なんなのであるか。何故、そこまで頑張れるのか。最終的に、何故、「隠し事が多くなるのか」と言う事を。

そう。とことんまで、Meritocracy を追求すれば、Bureaucracy(典型的な官僚主義)に到達する、ということなのだ。隠ぺい工作は、極めて巧みだった。こういう事は、内部に入っている人しかわからない。知らない外野は黙ってろ!というのが正直なところだ。

オープンとクローズは常に「揺り戻し」である。それは、プロ・パテントとアンチ・パテントの揺り戻しと同じようなものだ。オープンソースが全てと錯覚するのは間違いだ。ほとんどすべてのオープンソースは失敗しているじゃないか。引き継ぐ相手もプラットフォームもないまま。勘違いしてはいけない。現在成功しているアップルやフェイスブックは極端にクローズドな会社であると言う事も忘れてはならない。

 

 

AKB Strategy

AKB商法を「悪徳」であるかのように言っている人たちがいるのだけど、何故か私にはしっくりこない(こなかった)。何故なんだろう、とずーっと思っていたわけなのだけど、ふとしたきっかけで次の結論に達した。@秋元康氏は、一度、芸能界から総スカンを受けている。ご存知の通り、かれがプロデュースした、「うしろゆびさされ組」の、<高井麻巳子>さんと結婚したことに関連している。プロデュースした子(しかも、若い!)と蜜月になること自体、本来はタブーだったはずだ。相当、業界内で「うしろゆびを指された」に違いない(文字通り)。しかし、彼はそれを耐えた。小室哲哉氏や、つんく氏が、其々TRF系やモーニング娘などで全盛を迎えていたころ、次のチャンスを練りながら如何に芸能界で「マーケティング」を行う事が重要かを考えていたに違いない。そう、AKB商法は、辛酸をなめた彼だからこそできる、マーケティングの大いなるチャレンジなのだ。彼の商法がうまく行っていると言う事は、彼を超える天才がいないからに他ならないのだ、心理学的側面からしても。悪徳だと罵る前に、彼を上回ったマーケティングをすればいいだけの話なのである。
あまり、最近、都会に出ていないので、AKB商法がどのくらい浸透しているかを知る機会がなかなか無かった(テレビも見ないしね、全然)。今や、街ゆく子を見れば、先ず真っ先に「AKBの〇〇ちゃんになんとなく似てるね」と錯覚(刷り込み)してしまうくらい、AKBは有名なのだ。彼女ら自らが、ビラを配っていた数年前とは雲泥の差だ。

若い世代は、「おニャン子クラブ」という言葉すら知らない。しかし、彼女らは80年代、国民的代表と言えるくらいとても有名だった。ビデオテープで「夕焼けニャンニャン」を取ることを趣味としていた人も多いはずだ(私は若すぎたからそんなことはしていないがw)。私のコレクションの「80年代ミュージック集」でも、おニャン子関連の(ソロを含む)はとても多い。嫌になるくらい多いのだ。中には嫌悪するフレーズがあることも否めないが、青春の葛藤を男性女性両方の側に立ってつづっている詞が多いのは事実。まあ、象さんのスキャンティあたりは、調子に乗りすぎた歌詞だとは思うわけだけどw。(おっと、チカン、は大嫌いな曲の一つ。男をなめトンのか?と思ってしまうw)

そんな、成功の蜜も、失敗の辛さもしっている彼だからこそ、<今>出来る事は多いんじゃないか。いずれ秋元氏の人気がすたれたときは、つんくが「モーニング娘」ならぬ「イブニング娘」を、全盛期から25年たった頃あたりにリリースするんだろう。歴史は繰り返す。この歴史は、「AKB/おニャン子」の時と同様、全盛期に見ていた女性が母親となって自分の娘に〇〇に入ってほしい、と頑張る時期に似ている(だから、大体25年なのだ)。頑張ってもらいたいと思う