トップの心得

韓非子は紀元前3世紀はじめごろに生まれた戦国時代末期の法科思想家。儒家的徳治を批判し、君主関係は利害打算的なものであるとした。

諸子百家の思想は、それ自体は完結している事が殆どだが、日本に輸入される際「ごちゃまぜ」になってしまっているので、全てを鵜呑みにすると逆にやけどをする事が殆ど(教養、が無い限りやたらむやみに使ってはならない・・一貫性が無くなる)。韓非子の思想は、「群雄割拠時代」における荀子的<性悪説>に依拠している為、部下の裏切りについては兎も角用心のようだ。韓非子の帝王学にはこのようなものがある:

<トップの心得10ヵ条>

  • その1:術を使え
  • その2:要を押えよ
  • その3:仁義にこだわりすぎるな
  • その4:約束を守れ
  • その5:一人の部下に全てを任せるな
  • その6:部下の忠誠心をあてにするな
  • その7:謀(はかりごと)は相手を選べ
  • その8:側近の言葉に惑わされるな
  • その9:猛犬や鼠をのさばらせるな
  • その10:組織を導くのは”術”

その9:宋の国に居た正直な酒屋は、猛犬を家で買っていたため、使いでやってくる子ども達を怖がらせてしまい、結局商売が繁盛しなかったという。これを組織に当てはめれば、「有能な人材が策を上申しようとしても側近の取り巻きが猛犬のごとく歯をむき出しにしていてはトップにその策は届かない」と言う事になるだろうか。その5:などは、言い得て妙。一人の部下にまかせっきりにするのは大変危険・・情報を一人の部下に集中させる事ほど危険な事は無い。側近(右腕)が相当信頼できるのであればまた別だが、一般的に「何でも出来ます」な部下は信用できない。”三人言いて虎を成す”ということわざもある。君側の鼠(ねずみのこと)は、外では権力をカサに国民から搾り取り、内では上を軽んじる。ねずみの彼らを処断しなければ政治は乱れ、処断すればするで丸裸にされてしまう。結局は「人を見る目」(特に右腕をきちんと見る目)を養う事がトップの基本ではないかと思う。
正しい権限委譲は組織を活性化させるが、委譲される人物は絶対の信頼の置ける人物で無ければならない。「委譲された権限を権力と錯覚」し(特に人事権を濫用し)「自己愛の為に他人を”利用”する」ような人物が部下にいたら、それはどんな理由を使ってでも一刻も早く「排除」しなければならない。他にも、「部下のトリック(似類・計偽)に惑わされるトップは非常に多い」という事も肝に銘じておかなければならない。

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