オープンソースの“拠点”に風穴? — MS & Hokkaido

http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/WAT/NEWS/20040629/1/

「マイクロソフト社が、北海道のIT産業振興に協力する」というニュースが出ていたのだが・・・しっかし、僕が北海道からいなくなってMSのすぐ近くに引っ越したとたんにこういうニュースがあるのも笑えるが。(^_^) … マイケル・ローディング氏も来てたとか言ってたような。

「北海道は沖縄県などと共に、Linuxなどのオープンソースを軸にしたIT産業振興で地方自治体の先頭を走って」ってあったけど、本当かな? … Linux うんぬん以前に相当IT産業振興が遅れていると思うけど。というより、土建屋がまだまだ主流なんだからしょうがない(って、自分の地元の事だけをイメージしてもしょうがないか … (^_^) … 札幌は若干すすんでいたのかもしれない)。

まあ、一番大事なのは「ビジネスの味噌」な部分・・つまり「マーケティング」含めた<市場開拓・調査>部分のノウハウのようにも思えるわけで・・(北海道にいるとどうしても市場との温度差というか、そういったものを感じざるを得ない … 特にタイミングと金勘定の見積もり)・・とすると、MSと組む事によるメリットも相当出てくるかな。

Two Years

去年の今ごろ、POP/SMTPサーバでいいのが無いかな~としらべた際、和製のメーリングリスト管理システムのページからJamesというメールサーバーを発見。なんか面白そうだけど日本語ドキュメントがないなと思って和訳を作ってから、ちょうど今日で2年が経つんだな~。

特にこの1年間は海外とのやりとりが多かったな、とは思ったけど。私も自分なりに「コミュニティ」に対する思い入れというか<概念>はもっていたわけで。それが「日本 vs. 海外」による相違点か「一般コミュニティ vs. 技術系コミュニティ」による相違点か・・まあ、色々と斟酌すべき点はあったんだろうけれども。概して、「勉強になった」なあ、と思う。「日本人のよさ」というのも浮き彫りになったしネ・・やはり、「クオリティ(品質)の向上」という部分(ウェブページにせよ製品そのものにせよ)でもっと日本人が活躍できるフィールドはあるよ、うん。

自分は大体何事に措いても2年間くらいで飽きちゃう性分なので・・(でも、殆どのものが半年だったりはするんだが。2年間もつのは結構長いほうだったりはする・・・最大手通信教育会社であるベネッセ・コーポレーションの仕事が今までの最高だったな、そういえば)・・ま、こんなもんだろうな。
いろんな「天才肌の」技術者と交流できてしあわせだったな。まだまだ埋もれてはいたけど(表立って出てこないけど)、非常に多くの天才プログラマがいるよ、あそこには。うん。・・・いやあ、白状すると・・・組織体に順応な開発者なんて世界中に腐るほどいるわけで・・わざわざあそこで見つける必要も無い。多少独裁的なやつであってもともかく天才肌の方と出会いたかったっていうのもあったわけで。まあ、あるいはマネジメントの天才とかね。

すぱみんぐ・いしゅ~ — Spamming Issue

@Nifty の「迷惑メール」フィルタを使い始めてから、 SPAM が激減した。ベイジアン・フィルタ(Bayesian Filter)。前は、Apache.org に、Brian氏が(Perlでかいてある)オリジナルで作っていたスクリプトを qmail 用に埋め込んで活用していたのだけど(それでも結構効果はあったし、色々と実験できて楽しかったんだが)、それと組み合わせてベイジアン・フィルタ (Bayesian Filter) を使うようにすると非常に効果的。

去年は、「スパム対策」元年であったように思う。実は、去年の丁度今ごろApacheのこみったになるちょっと前あたりに apache@apache.org に「サイトの変更用PATCH」を送った事があるんだが、なかなか更新してくれなくて … 何故だろうと思っていた矢先、インフラチームのメーリングリストに発言しだしたとたん(3週間あとだったんだが)「あの時は、パッチどうもありがとう。先ほどCommitかけました」というメールが。・・深く考えていくと、「もしかすると apache@apache.org に Spam Mails が多量に来ていて、通常のメールが埋もれてしまっていたんじゃあないかな」と思い立ち、Apacheのサーバ内の MailBox (と、 traffic ) を色々と調べていって案の定そうだったわけで。・・と言う事で、去年は「スパム対策」用の実験をずいぶんとしたわけです。
(例えば、Google の PageRank 8 あたりのところにダイレクトにmailto: でアドレスを書いておいて、どこまで「Robot Spam (Spambot?)」が来るか、を Experiment したり。これらの傾向がわかれば、一般のこみったが困ってる事も理解できるでしょ?ッてことで。 …. ここら辺の実験は奇異に思われたかもしれない。これが、一部の連中といざこざを起こした原因なんだろうな・・・)

メーリングリストのモデレータ (Moderator) も暫くやってみた(何個かやってみた)。多量にメールが来てたが、新しくしたスパムフィルタ(実は、僕がマルチバイト対応のスパムフィルタを作ってみたんだが。・・今は悪用されててオレってば「自分で墓穴を掘った」状態になってるけど。ま、 MIME をしらない連中が qmail の管理をしてるってのが不幸中の不幸だな。)とかを活用して結構減らせる事が分かった。・・・それにしても、「放置プレイ」してたリストが沢山あったよなあ、と思う(特に WebServices に)。「少しの工夫」で快適になる、というのに、と思うと「ついお節介」してしまいたくなったんだよな。でも、Axis リストに来るスパムだって相当減っただろっ(去年の8・9月までは最悪だったんじゃあないかな … モデレータがいないリストが実は相当あった、なんて、外部からはわからなかっただろうなあ …)?
何個かモデレータやってて、相当スパムが来て、「ああ、あんな状態だったら、誰だってやる気無くすよなあ」って思って。大体、クリエイティブな人間があんな雑務をしたがるはずがないだろー、って気もしたし。開発者は開発に専念して欲しかったし。announcement@jakarta に投稿しても数日放置プレイされてたりするのも、モデレータが対処しきれなくなってたからだろう、とか想像はついたし(でも、モデレータに苦情言うのは可哀想だし。Apache.org アドレスからのメールのみを受け付けるフィルタ:created by Rodent の場所とかも知ってたんで、それを導入するようアドバイスしてあげればよかったな、今思えば。)。cvs-site@jakarta しかり(これが、「cvs commit メールが来ないよ~」という嘆きメールが来る理由だったりしたのさ)。.qmail-jakarta-***-*** とかに「1行」付け足すだけでみなハッピーになれるのに・・・と思ったりすると当時は不甲斐なかったな。「1行」の違いが何GBの無駄なトラフィックを生んでタってわけだが。ま、そんなんがあって、かなりすぱみんぐ・いしゅーに拘っていたわけだし、インフラチームに提案はしたわけなんだが・・・多分勘違いされてる/たんだろう・・・ま、人生なんて所詮そんなもんさ(悲)。

ま、ともかく、欧米系の人間にしてみればマルチバイトなメールなんて99%「スパム」だろうし、俺らからしてみれば英語(やラテン系)のメールなんて殆どが「スパム」だったりするわけだ。対称性。というわけで、コラボレートすれば少しはスパム対策も発展するだろうし「まさにスパム対策にオープン・マインド、ワールドワイドな知恵を活用する<最先端なApache>という売り込みも出来るようになるよね」なんて夢物語を語ったものだ。
(そういえば、僕がインフラチームにSpamAssassinの導入を提案してその数週間後、SpamAssassinがApache.org仲間になることが決まったんでした。偶然ってば恐ろしいな。(^_^))

まあ、それにしても、ベイジアン・フィルタは本当に心地が良い。誤認識率0に等しい(唯一、最初に nytimes.com からのニュースレターが誤認識されたがあとで教育しなおした)。・・・「たまごっち」みたいに<教育>出来る、ってのもGoodだな。育てる系。
フィルタの精度があがってきたら、「たまごから孵化する」ビジュアルを入れてくれるようなメールソフトクライアントとかウェブメールとかがあると面白いな。・・あ・・そうそう、「他人のスパムフィルタの学習」結果をインポートするなり、自分のをエクスポートするなり出来るともっと良いかも、って思う・・かなり「画期的」だよ。うん。

孵化器 — incubator

最近、あぱっちのインキュベータの動きがあわただしい。GeronimoにせよSpamAssassinにせよXMLBeansにせよ・・次々と「卒業 (Graduation) 」プロジェクトが誕生してるわけで。

インキュベータ・プロジェクトって、元々2002年10月くらいに誕生していて。当時、Jakartaにサブプロジェクトが沢山入ってて、「選別」しなきゃあね、てのが「本音」だったんだろうけど。一応名目上は「健全なコミュニティ、ASL準拠ライセンスのソースコード、Apache流の投票方法の導入」という3点を満たすまでは、Apacheに入るプロジェクトは最初全部インキュベータ行き、って事になったわけで。Tapestryが最初の「実験台」(Guinea Pig)だったわけだが … 何もない状態だったから大変だっただろうな(Andy、お疲れさん ・・・ まあ、とは言え、元々は Apache POI が Jakarta に入ってくるとき=2002年2月あたり の「一連の騒動」がきっかけで インキュベータをかます必要性が出てきたんだろうと思うのだがね。 :-P)。

まあ、それにしても去年の8月までは本当に何の動きもなかったな。そもそも、projects@incubator に 「Reply-To:」がデフォルトで入っていなかったのも問題(あれは、完全に「コミュニティを破壊」するようなインフラ設定だ)。それ以前に、「そもそもインキュベータって何?」な世界であったわけで。

で、7月くらいに、コミュニティ内において「 i18n 系のコミュニティっていうのを考えているんだけど」という発言をし、「インキュベータに行くといい」という話になって・・でも、卒業後の「Destination」が決まっている必要があるという話があったんだけどどこか決まるはずも無かったわけで。・・・で、「TLP(当時はTLPという言葉は一般的ではなかった)を Destination とする Project って作れる?例えば、 i18n.apache.org とか。」と質問したわけで。理論上、それは出来るという話になって・・・で、i18n / l10n / m17n 自体は色々と(最終的には監視部分に問題が生じるだろうと言うことになり)あって話がお流れになったんだが・・・その1ヵ月後、まさに「TopLevelProject を最終 Destination とした Apache Geronimo プロジェクト」が発動したんだな。う~む、それにしても偶然というのは恐ろしい。(^_^)・・・コミュニティっていうのは「場の流れ」だよ、うん。

まあ、それ以前に、インキュベートに関して「関心がない」PMCであったように最初は思われたわけで。そりゃそうでしょ、Java系・XML(WebServices)系のインキュベーションが一番必要な状態にあって、HTTPD系の人間ばかりPMCに入ってたら話がすすむはずがない。こういうのは Balancing (適切な人材配置の必要性) であるわけだが、それにしてもバランスが悪かったわけで(コミュニティのデザインがうまくないなあ、と思ったものだ・・・男性陣が女性用下着のデザインをしているようなもんだったわけだな)。8・9月あたりから、「インキュベートとは何か」ていう議論が展開されるようになって、そこからまともになりはじめていったんだな。この、8・9・10月あたりにインキュベータに入ったビッグプロジェクトがGeronimoSpamAssassinXMLBeansであったわけで。
当時、「 Counseling / Coaching」に凝っていた私は、「Mentor 」(メンター)なる概念を「勝手に(「勝手にコーチング」状態?・・って、そりゃ日経ベンチャーあたりの大谷さんの企画の名前だよ(^_^))」導入(メンター/Mentor という言葉自体を僕は1997年あたりから知っていたわけで。目白にメンタリング・コーチングの研究所を、なんて言ってた怪しい某港区議会議員がいたりする(^_^)・・あれ?彼っておっこちたんだっけ。。)。まあ、「 Sponsor 」とか「 Shepherd 」とか言う名前を使うよりも、「 Incubation 」にはふさわしい名前だろう、と思って・・・一応一般的な概念であるわけだし。

今思えば、この「 Incubation 」を通じてMentorな人たちもApache.orgの infrastructure の事とか相当熟知するようになったんじゃあないかな、って思う。ここら辺は、通常企業の「インキュベーション」とまあ同じようなもんなんだろうな、という気がするわけだけど。
Incubation という行為は、「卒啄の機」という微妙なバランスの上に成り立つんだろうと思う。「内なる力」と「外からの突っ突き」というタイミングのことだけど・・・「窒息」する手前でちゃんと息を吹きかけてあげるような「フォロー・アップ」と、自立できるための「突き放し」の微妙/絶妙な関係とも言えるかも。・・・まあ、 Western civilization よりも Eastern civilizationの方が「 Incubation 」の理念というか概念に対しては(特に前者の「息を吹きかける」って方が)とっつきやすいのではないかな、という気がする。ここも、Western civilization よりも Eastern civilization とが「BALANCEよく」配備 (deploy? ^^;) されて共同プレイすると面白いだろうに(最先端だな)なあ、と思ったんだけどね。・・まだまだバランスが悪いな、あそこは。

追伸:インキュベータがまともに動いている状態でマーク・フルリ氏があぱっちJBOSSの提案(sourceforge -> Jakarta)を出していたら、また違った動きになっていたんだろうな。フルリ氏がJakartaに入ろうとしたときはまだ「インキュベータ」「メンター」が存在しなかっただろうし。そういう「土壌とCommunicationsの欠如」(と、Timingの悪さ)が、JBOSSASFの”今”を決定付けているような気がしてならない。まあ、会社組織でもよくある事だが、周りからの「イメージ」と自分たちの「イメージ」にかなりの乖離が生じている時期(ベンチャー企業から一流企業に「発展」する際など)、得てして外部・内部ともに反発が生じやすい。「私たちのインフラの不備があり、まだ受け入れ態勢がありません」って事を当時のASFの人間はいいたかったんだろうけど、フルリ氏は外部の立場として気づけなかったんだろう。まあ、どっちもどっち、って気がするけど、それが「歴史」を作っていったんだろうなあ。 — 対立軸なんて、ほんの些細な「勘違い」とか「ねじれ」とかで生じるもんなのさ。